北海道胆振東部地震・・・

地震が来たとき・・・仕事してました。クライアントに送るデータを整理して、そのメールを打っている時に、いきなり地震は来ました。みんな縦揺れがすごかった、、、というけれど、きっとそれは寝ていたところを地震で起こされ、その時にはもうすでに大きな揺れになっていたからだと思います。最初は横揺れから始まりました。それもいつもの地震と同じように、ゆっくりとした揺れ、、、それがすぐに大きくなり、縦も、横もまじった激しい揺れになり、その間・・・揺れるパソコンを押さえ、モニターを押さえ、でも押さえきれなくなって・・・パソコンの電源が切れ、パソコンが乗っている机ごと・・机の足が折れて崩れ落ちていき、そのあと自分の背後にあるHDDの棚を必死に押さえようとしていたら、最後の強い強いひと揺れで・・身体ごと吹っ飛ばされました。。。
事務所が木造で、地盤の緩いとされている白石区だということもあるけれど、すごい揺れで、前に乗ったことのある地震を体験できる車の時とは違って、あの車は縦揺れでも、横揺れでも、ひたすら激しいだけで、しかもその柱が上下左右に揺れるだけで、やっぱり人工的に作られたものなんだなぁと思いました。よく・・・小さい頃にやった、鉛筆のはしっこを持って、ぐにゃぐにゃすると、まるで生き物みたいな動きをして・・それがおもしろくって何度もやったりしたけれど、それとまるっきり同じように、柱が次第にぐにゃぐにゃし始めて、最後は生きてるようで・・・そしてそして揺れには、何か力強い、明確な〝意思〟のようなものがあって、最後の一番強い揺れでは・・すごい暴力的に身体ごと振り飛ばされた感じです。
事務所のすべての資料や本やDVDやCDが崩れ落ち、機材を入れている棚や本棚も倒れ・・・揺れがおさまってから外に脱出しようにも・・積み重なった資料や本で腰くらいの高さになっていたので、なかなか脱出出来なかったです。
で、外に出たときに見た光景は・・・映画で何度も見ていたブラックアウトのシーン、、、揺れている街灯の灯りが・・次第にフェードアウトしていく光景、寂しさ、電灯のフィラメントが切れて次第に小さくなっていく心許なさ、あの映像は、多分脳に焼きついて・・こぶりついて、一生忘れないと思います。全世界がブラックアウトに陥る海外ドラマの「レボリューション」で散々見た映像そのままで、のちに停電が復活したときの喜びや、あちこちで歓声があがった感じも、ドラマのままでした。ドラマの中で、一時電源が復活して、CDから曲が聞こえ始める感動のシーン、そしてそれが・・また消えていってしまう時の、曲がフェードアウトしていく時の寂しさ、、、今回の地震で実感できました。
ほぼ1週間かけて復旧して、でも1週間遅れた分の仕事のしわ寄せが来て、でも生きてるだけでいいや、、とも思った数週間でした。(最後の揺れの時には、事務所が崩れ落ちると思ったので、一瞬死んだかもって思いました)
停電中は、幸い機材のライト関係、バッテリーも充分あったのと、普段から備蓄はしているので、そんなに不自由はしませんでしたが、何度も続く余震が・・・あんなにも神経を削り落としていくものとは知りませんでした。そして、地震から・・数日間は、虫とか昆虫とかいっさい見なくなったし、逆に3日間くらいしてから、いっせいに虫たちを見かけるようになって、「あぁ・・大きな地震の恐怖は一段落したんだな」って思いました。犬も終始、様子がおかしかったし、やっぱり子供たちや、特に知り合いの障がい者の子供たちは、一様に体調を崩してしまったり、恐怖で外出しなくなったりしていました。願わくば、生きているうちで・・この地震が一番大きなもので終わって欲しいものです。M.T
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←割れたモニター(幸い・・・いくつもある中の1個だけでした)。その他にテレビも倒れて割れて、天井の蛍光灯もぶち切れて吹っ飛んで割れてました、2個も。
←左の棚は倒れていたのを戻した後に撮った写真です。壁にひびが入り、時計(真ん中の丸いシミのところ)も吹っ飛んで壊れてました。
←事務所のあちこちがひび割れました。。。